家禽製品および野鳥を通した高病原性鳥インフルエンザの越境性拡大
Transboundary spread of highly pathogenic avian influenza through poultry commodities and wild birds: a review
(仮訳)鹿児島大学 岡本嘉六
要旨
H5N1型高病原性鳥インフルエンザ (HPAI) ウイルスの広範な循環は、それが及ぼす動物とヒトの健康への影響に関して、未知の分野における広範な研究およびこの感染症についての我々の理解の再査定へと導いた。さらに、広範な家禽の感染は、この感染の食品の安全性および貿易関連事項に係る懸念を引き起し、国際貿易規則の改定を余儀なくさせた。野鳥の役割が大いに議論され、感染の拡大に果たす役割を明確にするため資材が投資された。それまで発生がなかった地域への最初に持ち込みに野鳥が関与していることは、今や明確である。今のところ、HPAI 感染が野鳥集団で長期間維持されるかどうかは、まだ明確でない。本文は、家禽と家禽製品を介したHPAIの国境を超える拡大に関する既存の知見を総括し、野鳥を介した拡大の証拠を要約する。
キーワード: 鳥インフルエンザ、家禽製品、野鳥
緒言
H5N1型高病原性鳥インフルエンザ(HPAI)ウイルスの前例のない世界的広がりは、これらのウイルスの生態、疫学、宿主域および病原性を含めて、これらのウイルスに関して知られている事項の再検討を余儀なくさせた。H5N1の世界流行以降に持ち上がった一つの主要な懸念は、家禽および関連製品の貿易に及ぼすHPAI感染の負の影響である。鳥インフルエンザ(AI)が国内に侵入して拡大する機序は、非常に複雑であり、多くの要因が絡む経過の結果である。AIの伝播と拡大に関わる要因には、ウイルスの特性(病原性、化学的および物理的因子に対する抵抗性、遺伝子群)、感染した動物種とそれに由来する製品、ウイルスが侵入した地域における家禽の密度、家禽業界の相互関係、ならびに野鳥の飛来コースの存在が含まれる。
2000年以前は、AI 感染は動物疾病の中で重要性が低い感染症とみなされていた。高病原性鳥インフルエンザは、散発的疾患であり、それと戦うために直接的対策だけが適用可能であった。また、発生が限られていたため、ヒト健康に及ぼす影響についてはほとんど知られていなかった(13)。
HPAIの疫学に関する既存の定説は、H5N1 HPAIの世界流行によって挑戦を受けている。大陸間に広がること、哺乳類を含めて様々な動物種に感染可能なこと、野鳥の死亡を引き起こすこと、ならびに変異し野外に定着する能力などのH5N1株の能力は、H5N1 HPAI感染をウイルス学的時代における極めて新規なもとし、その他のHPAI株の感染と非常に異なるものとしている。
このウイルスによって引き起こされた世界流行の展開は、AIの疫学のいくつかの側面についての科学的情報の欠如およびそれらを研究する緊急の必要性を浮き彫りにした。相当の資源(発生動向調査、研究および訓練のための)がこの全世界の感染症と戦うために利用可能とされてきており、得られた知見は予防接種を含め、それに合った制御戦略の策定を促してきた。
それに加えて、アジア、アフリカおよび欧州全体におけるH5N1 HPAIの発生は、ヒトの消費を目的とした家禽製品の安全性、ならびに残飯給餌、捕食、ごみ場あさり等を介して動物が感染するリスクについての懸念を持ち上げた。
家禽製品を介しての感染と拡大の食品媒介性伝播は、その製品に生きているウイルスが存在し、宿主に対する最小感染量以上の濃度である場合にのみ起き得る。
現在の欧州連合(EU)の法令は、指定リストの国からの家禽製品の輸入を許可し(21)、「家禽」の定義(19)を、繁殖と再放野を目的とした捕獲あるいはヒトの消費を目的とした肉や卵の生産のために飼育されている鶏、七面鳥、ホロホロチョウ、アヒル、ガチョウ、ウズラ、ハト、キジ、ヤマウズラ、走鳥類(ダチョウ、エミューなど)としている。
国際獣疫局(OIE)は、陸生動物衛生規約に家禽および様々な家禽製品の安全な国際貿易のための勧告を公開している(41)。陸生動物衛生規約は次の様に家禽を定義している。ヒトの消費を目的とした肉や卵の生産、その他の市販製品の生産、狩猟用の再放野、それらの鳥の繁殖、ならびに、あらゆる目的の闘鶏のために飼育される庭先飼育を含めた全ての飼育鳥。まら、「製品」を、「生きている動物、動物由来製品、動物遺伝物質、生物学的製剤、病理学用材料」と定義し、「食肉」を「食用とする動物の全ての部分」と定義している(41)。EUの法令のように、陸生動物衛生規約は、OIE基準に準拠して通知を要する鳥インフルエンザが清浄な国、地域または区画(compartment)から供給される限り家禽製品が安全に取引できると勧告している(41)。
本文は、家禽製品(EUとOIEの家禽の定義を使用)における鳥インフルエンザ ウイルス(AIV)の存在およびAIの国際的拡大媒体としての野鳥の役割に関する既存の情報を要約する。それに加えて、さらなる調査を必要とする地域を取り上げる。表Iは、引用した研究論文に示されていた情報の詳細である。
予防接種されていない生きた家禽
動物のその他の感染症が感染した動物の移動によって広がるのと同様に、HPAIも感染した家禽の移動によって拡散し得る。家禽の移動は、それまで発生がなかった国へ侵入する国境を越えて広がる手段として記録されている。HPAIと診断されると移動制限が適用されるので、臨床症状が出る前の段階が感染を広げ易い。生きている鳥の移動を通してHPAIが国境を越えて広がった記録のある唯一の事例は、オランダ、ベルギーおよびドイツで2003年に発生した。
養鶏場にHPAIが侵入するリスク要因の研究(37)は、採卵鶏農場がその他の家禽農場よりも外部の物資や人間との接触が多いという証拠から、採卵鶏農場のリスクがその他の家禽を飼育している農場より高いことを示した。また、採卵鶏農場はその他の家禽農場とよりも別の採卵鶏農場との接触が多いためかも知れない。しかし、この仮説はさらなる検証が必要である(18)。
予防接種された生きた家禽
適切なワクチンを用い、生物学的安全管理の指針を遵守した予防接種は、ほとんどの動物種で臨床症状を抑えるが、ウイルスの排出を防げないことがある。したがって、予防接種したかそれに暴露された鳥は、潜在的な感染源とみなさなければならない。理論的には、それを克服するために、DIVA(予防接種した動物と野外株感染動物との識別法)に基づく適切な監視システムの適用を通した野外株ウイルスに暴露された鳥から予防接種した鳥を識別することは可能である(12、14)。実際には、この方法は野外で決して適用されて来なかったし、管理の観点から非常に複雑である。ウイルス循環の不在が証明されない限り、予防接種した鳥は感染を運ぶ可能性があるので、取引してはならない。
(つづく 2011/12/5)
生きている鳥以外の製品における高病原性鳥インフルエンザウイルス
肉
鳥の骨格筋におけるAIVの存在を報告した文献の大半は、感染によって生じた病理組織学的病変を扱ったものである。免疫組織化学的手法によってAIVを検出した実験報告が1980年代末にあるが、H5N1ウイルスが出現して以降にのみ、家禽肉が公衆衛生上のリスクとして受け取られ、この分野に的を絞った研究を促した。
アヒルの分離されたH5N1 HPAIウイルス株が筋肉組織に定着する能力が、4週齢のSPF(特定病原体未感染)鶏を用いて査定された(39)。鼻腔内接種後、胸筋を採取して調べると、感染後2日目と3日目に陽性であることが分かった。別の2つの実験報告は、3〜4 週週齢のSPF鶏の筋肉にH5N2とH5N3 HPAIウイルスが存在することを示した(26、36)。